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■今日の『癒しのことば』

「救いが得られるのは行いによるのですか? 
  それとも黙想を通してですか」
 「どちらでもない。救いは見ることによってやってくるのだ」

 「見るって、何をです」
 「どうしても欲しいと思っていた金の首飾りが、
  現に自分の首にぶらさがっていること。
  また、恐れていた蛇が、実は地面に落ちている
  ロープにすぎないこと」

       -- アントニー・デ・メロ(アメリカの宗教家)--

※私たちの心も、「こむらがえり」になってしまうことがあるようです。
 大脳は、いろいろな情報を受け取り考える場所ですが、
 その下に視床と呼ばれる領域があります。
 視床には、外部から受けた刺激を大脳へ伝える機能があるのですが、
 感情が生まれてくる場所でもあるようです。
 このバランスがうまく取れているのなら、私たちの心は、
 やはり自由で楽でいることができるのです。

 でも、そうでないと、やっぱり自分を苦しめてしまいます。

 たとえば、誰かにちょっと忠告めいたことを言われたとします。
 その刺激が、視床を通してスムーズに大脳に伝わるとしたら、
 私たちは、そこからいろいろなものを得ることができます。
 もちろん、いろんな感情は生まれてくるでしょう。
 「困惑」あるいは、「失望」、「悲しみ」かも知れませんし、
 「怒り」を感じることもあるでしょう。
 そこにバランスがあるのだとしたら、その忠告を
 大脳中枢でも受け取ることができるのです。

 感情は、それをいろいろな角度から眺めることを助けてくれます。
 そして、もしその忠告によって、自分でも気づかなかった発見が
 あるとすれば、それを生かしていけばいいのですし、
 それが見当はずれでも、自分のやったことの意味を
 もう一度確認できるかも知れません。

 ところが、そんなバランスがうまく取れていないとしたら
 どうでしょうか。
 その忠告という刺激を視床だけで受け取って、
 大脳にまで届かないといったような場合です。
 つまり、視床で生じたネガティブな感情にふりまわされて、
 それにそのまま反応してしまうのです。
 「怒り」に振り回されて相手を罵ってしまったり、
 「悲しみ」をコントロールできなくて落ち込んでしまったり……

 そんな感情は、私たちの心を締め付け痛みを与えることになります。
 感情もやはり、私たちが生き残ったり、多角的にものを見るために
 大事なものなのですが、振り回されてしまうと
 自分を痛めつけることになります。これが、心の「こむらがえり」です。

 もっと楽に生きていくためには、筋肉も感情もコントロールしたり
 されたりするということではなく、ただバランスを大事にする
 ということなのかも知れません。
 まずは、深呼吸をして、目の前のものを、
 そのまま受け取ってみることからはじめてみましょうか。

 今日も一日良い日でありますように~

2010/06/23(水) | 未分類 | トラックバック(-) | コメント(0)

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